あだち充は世阿弥である。[2009年11月21日(土)]
「あだち充は世阿弥である。」 ツクイヨシヒサ 飛鳥新社 ☆☆☆ 2009年10月10日初版
あだち充論というか、それを受容した、70年代後半から80年代前半に、小学校高学年から中学生だった世代の世代論。視点は面白いけれど、どうなんだろう? いま読んでいる「製鉄天使」は同年代のツッパリ系の話だし、やはりいま読んでいる「〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学」でも柳田、折口らの大正世代の『やさしさ』みたいなことが冒頭に書かれてるし、(もっともこの世代に冒頭のエピソードのような折口の強さがあるだろうか?という疑問はありますが)必ずしもこの世代特有とはいえないと思うのですが。とはいえ、あだち充はもっと語られてもいいとは思っていますけれど。あと、女性読者の反応というのが、なるほど女性はこういう風に見るのか、と面白かった。
あだち充論というか、それを受容した、70年代後半から80年代前半に、小学校高学年から中学生だった世代の世代論。視点は面白いけれど、どうなんだろう? いま読んでいる「製鉄天使」は同年代のツッパリ系の話だし、やはりいま読んでいる「〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学」でも柳田、折口らの大正世代の『やさしさ』みたいなことが冒頭に書かれてるし、(もっともこの世代に冒頭のエピソードのような折口の強さがあるだろうか?という疑問はありますが)必ずしもこの世代特有とはいえないと思うのですが。とはいえ、あだち充はもっと語られてもいいとは思っていますけれど。あと、女性読者の反応というのが、なるほど女性はこういう風に見るのか、と面白かった。
